雑誌というもの
自分は、かつて月刊誌で数年働いていたこともあるし、数年間、音楽系の業界誌/フリーペーパーを作ることで生活していた時期もある。そして、実際、mapというのは、福田教雄と共に「雑誌」を創ろうということで始まったもの。ま、考えて見れば、なぎ食堂を始める以前12年くらいは、とりあえず文章を書いたり編集したりデザインしたりすることで生きてきた。また、今でもいつかwebマガジンじゃなくって、手に取れる「雑誌」を作りたいなぁって気持ちは変わらない。でも、2011年の現在、雑誌を作るってことは、とても酔狂なことだし、それが成立することはとても難しいことはよく分かってる。それでもやっぱり作りたいねぇって思ってて。で、そんなことを考えているときに、こんな記事を読んだ。
もちろん、菅付さんのようなスター編集者とは自分のやってることとは何の関係もないけれど(あ、一度だけ、ピチカート・ファイヴのインタビューを菅付さんの渋谷の事務所で行なったことがあるなぁ。大きな机と大きな本棚、洋書と美術書がズラリと並ぶカッコイイ事務所だったなぁ)、インタビュアーがアップリンクの浅井隆さんということもあってか、いろんなことを考えさせられる一編だった。
内容は読んでもらえればいいんだけれど、結局、カルチャー系の新雑誌を作ってみて、それはとても素晴らしい内容だったのだけれど、現在の時代の流れの中で、それを買う人もいないし、広告を入れる人もいない。だから廃刊になっちゃった、ってこと。その流れを読めなかったのは残念だけど、それだけ世の中が変わってきちゃってるんだ、って話。いや、ちょっと簡単に説明し過ぎてるかしらん。
でもさぁ、やっぱり思うんだけれど、そういう「マス」を作って来たのは、菅付さんたちなんじゃないかなぁ。「日本の30代を軸にした知的階層」の「層がやせ細ってる」責任は、たぶん、些末なところを拾い集めて糊口をしのいできた俺たちではなくって、そういう文化体系を引っ張ってきた人たちの責任なんじゃないかしらん、と。もちろん菅付さんのような編集者の人たちが作ってきた雑誌は素晴らしいものだったと思うし、俺もちゃんと買って読んでいた時期もある。だから内容がツマンナイんじゃない?とか、言うつもりは毛頭もないし、誰が悪いとかそういうことを言いたいわけじゃない。ただ、自分たちが蒔いた種が、どのように生えたのかということは、ちゃんと認識しなくちゃいけないような気がする。
少し別の話だけれど、やっぱりモノを作る上で、会社や誰かの金で作るのと自分の手銭で作るのとは感覚が違うような気がする。その感覚の溝は、こんな感じで時代が窮屈になってきても埋められないものなのかなぁ。例えば、昔、雑誌社で働いていたころ、カラーページ仕様で作ってるにも関わらず、インタビューばっかりでほんの一部に色を置く程度のデザインでヨシとしていた時期があった。でも、自分たちの金で自分たちの本を創ろうって思ったとき、4色のカラーページなんて贅沢品なわけで、だからこそ「大切なカラーページは、やっぱりカラーでしかできない表現を考えたい」って思って作っていた。自分の金を使ってみれば、それが必要なことなのかどうなのか、すぐに分かる。でも人の金で作っている限りは永遠に気づかないんだろうなぁ。あのカラーページで作ったページが、色校で校正が入ってもう1回4版刷りなおしせなあかんときに頭の中で「チーン!」と鳴る音に。
でも、まぁ何よりも面白い雑誌を作ったら、それに時代は付いてくるだろうって考えるのは傲慢じゃないかと思う。ちゃんとシステムから変えていくっていうアイディアや10年後を見つめた視座がないんだったら、そんな文化は消えていくのは当たり前だと思うんだけれど。インタビューで浅井さんが「設定の数を5,000とかにしていたら、いわゆるクラスにはきちんと継続できたんじゃないですか。」というような感覚が、やっぱり必要なんじゃないかな。今、一般誌で広告収入をベースにしている雑誌もインディマグも、ジャンルによって多少の差異は出てくるだろうけれど、そのくらいの数を目標値として、どれだけの期間それを継続できるかっていうのを考えた方がいいんじゃないかなぁって思ったりする。というか、5000だったら、雑誌が広告収入でペイするなんてぇもの自体が夢だと思った方がいいよね。とにかく、その5000冊の販売だけで、編集部とそれを取り巻くライターやカメラマン、デザイナーたちが取り敢えずギリでも食えるような「システム」を作るのが最優先なんじゃないかなぁ。
そんなもの無理だよって言うかもしれない。でも、それは無理なのかな、本当に。
だってさ、印刷費用なんて、この10年で1/2、写植云々の時代から比べたら下手すりゃ1/4くらいになってるんだよ。あと、最近小銭欲しさにDTPの仕事をちょっと復活させてみたら、4年前の1/4くらいになっちゃってるんだ、単価が(笑)。もう笑うしかないくらい安くなってる。ただ、DTPに関しては、ソフトのスピードや能力が、カメラマンにとってはデジカメ等の能力が飛躍的に上がってきているわけで、価格が半分くらいになっても労力的にはそれほど変わらなかったりするのは事実。実際、ライター業に関しては、昔から安い上に、どうやっても経費を安くすることはできないために、ほとんど変わってない。安くできるようになったから、安くなった、という至極当然の判断。とにかく、10年前と同等のモノを創ろうって考えたら、それにかかる経費は半額以下では確実にできるってこと。じゃぁ、それでシステムを作ったらいいやんって思うのはトーシロの考え方なのか?
あと、5000って少ないなぁって思うかもしれないけれど、一般誌はともかく、「とあるジャンルひとつ」において、その程度の数字でもどれだけ影響力があるのかっていうことは本気で考えた方がいいんとちゃうかなぁ。例えば、今、自分たちが立地している音楽という場所において、もし月刊誌レベルで5000冊きちんきちんと売れる雑誌があれば、きっと世の中の動きが変わるだろうなぁって本気で思ったりするけれど。
現時点で福田君のsweet dreamsがそれぞれ1年かけて1000冊完売、mapは数年かかって2000〜2500部売れました。


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