オクノ修

オクノ修、と呼び捨てで書くことなどやっぱりできない、オクノ修さん、である。京都の老舗(何しろ70歳を越える俺の両親がデートに使っていたというほどの老舗っぷり!)喫茶店である六曜社の地下店で、水曜日以外の毎日、ゆっくりとした動きでコーヒーを淹れながら、カウンターの中から、スタッフに対して、お客様に対して、そして可愛い女性に対して的確な目配せを効かせる喫茶店店主、そして、もちろん京都を代表する芸歴40年オーバーのシンガー・ソングライター。

初めてオサムさんの歌を生で耳にしたのは、今から30年近く前(今、書いてみて時の流れに本気で驚いたー!)、俺がまだ下の毛も生えてなかった中学生のころのこと。今もなお日々面白い音を届けてくれる京都最古のライヴハウス拾得、だったと思う。今でこそ「しっかりと燻された深入りコーヒー豆のような旨み」で聴かせてくれるけれど、そのころの印象は、アコースティック楽器を使ってニューウェイヴ的な演奏をする、というトーキング・ヘッズですらまだまだ成し得ていなかった恐ろしくモダーンなことをやっているミュージシャンとして、だった(今で近いところを考えたら、トクマルくんみたいな感じか?)。当時、むいジャグバンドという(自分史上)最高のジャグバンドを率いていたマンドリンの福島さんやちょうどアントサリーを辞めた後のビッケさんがバックを支えて(余談だが、当時この2名は町田町蔵の「ふな」のメンバーでもあった)、今と変わらぬ伸びやかな歌声を聴かせるその姿は、とにかく色気があってカッコよかった。本当に、かっこ良すぎた。マジで痺れた。他のどんな音楽ともまったく別の、素敵な「うた」だった。

そして、オサムさんが、ビートミンツとかミントスリーピンといった当時活動していたバンド以前にソロのレコードを出していたと知った。勘違いかもしれないけれど、俺は「むい」という高田渡さんの義理の弟さんが店主を勤めていたその店で、1度だけ耳にしたような記憶がある。あれはレコードだったのか、カセットだったのか分からないけれど、そんなレコードがある、と知り合いが教えてくれた。ただ、それはレコ屋では手に入らないということも子供心に分かっていた。まだインディって言葉はなかったけれど、「自主制作盤」っていうものが存在していて、それがどれくらいレアかくらいは知っていた。

その後、俺も20歳を過ぎ、京都の街でライヴ・イベントを企画したりしていた。で、どうしてもオサムさんに出演してほしくて、満を持して六曜社に交渉に行ったことがある。憧れと緊張でまともに口も効けないながらも「お願いします!」と頼んだのだけれど、オサムさんは「いや、有難う。でも、最近は年に2、3回くらいしか歌わないんですよ。それで、それも自分たちとその仲間の企画でやってるので、ちょっと出演する余裕がないんですよ。ゴメンナサイ」と、丁寧に辞退された。「残念!」と思いつつも、自分の一番いいペースで歌を歌っておられるんだなぁと思ったものだ(しかし、その10年後、自分の企画に出ていただいたときは、ホントーに感無量でした!)。

初めてオサムさんの歌を耳にして15年後、なぜか久保田麻琴さんの家で、俺はそのレコードの現物を見つけることになる。なぜ久保田さんとそういう話になったのか記憶がゴッチャになっているのだけれど、久保田さんは「今でもこのレコードが好きで1年に1度くらいやけに聴きたくなるんだよ」っておっしゃっていた。そして、それから少し経って、久保田さんの力添えで、当初300枚ほどしかプレスされなかったこのレコードが、CDとしてリイシューされることになったのだ。とにかく、嬉しかった。そして、そこで耳にした音は、15年経っても他の音楽とはやっぱり違う特別な「うた」だった。

そのリイシューされたオサムさんのファースト・アルバム『オクノ修』は、京都のヴァージン・レコードにて、週間チャートで並み居るメジャーアーティストを差し置いて、チャートの3位だか4位だかに入ったと聞く。シンガーとしてのオサムさんのことは深くは知らなくとも、喫茶店のマスターとしてのオサムさんは、ふちがみとふなとやmama! milkを始めとする地元のミュージシャン、六曜社のカウンターを憩いの場にしていたAさんやKさんをはじめとするオッサンたち、カフェ・ブームに触発されてカリスマ店主に憧れるカワイコちゃんたち……京都という街でオサムさんは多くの人々に尊敬されていたのだ。

オサムさんの歌は、多くの人々の耳を潤した。実はこの作品が出る以前に偶然京都でオサムさんのライヴを耳にしていた円盤(当時OZ disc)の田口さんは、オサムさんの過去の音源をリイシュー、次に「こういう歌い手さんがいるんですよ!」と紹介したオフノートの神谷さんは、その後オサムさんのカセット作品から未発表作、そして最新作までを次々とリリースしていった。もちろん、その過程で、曽我部恵一さんや豊田道倫さん、ふちがみとふなとやゑでぃまぁこんのゑでぃさんといったミュージシャンたちをも魅了。コマーシャルとは何の関係もない、ただただ歌の力だけで、多くの共犯者たちを生み出し続けたのだった。ただ、当のオサムさんは、いつもと同じ表情で日々コーヒーを淹れ、焙煎をし、そして時折歌を紡いだりし続けている。伝説、ではなく、ただただ今も普通に生き続ける「うた」、それがオサムさんの音楽なのだ。

そんなオサムさんが新作を豊田道倫さんのプロデュースで出すという話を聞いた。そういえば、5、6年前豊田さんにインタビューした際、「日本で色気のある男性シンガーっていますか?」というこちらの問に、「結構いると思いますよ。例えば、名古屋の村上ゴンゾさんとか、京都のオクノ修さんとか……」と応えてくれた(対比項がゴンゾ君っていうのが流石!)。豊田さんは本当に心の底からオサムさんのことが好きなのだろう。噂では、手土産持参で京都へ参って交渉し、そして今回の作品へと時間をかけて繋いだとのこと。わぁ、本当にいい話。

しかし、本作は純粋な意味での新作ではない。本作は、今は亡き高田渡さんの楽曲をカバーした作品集だ。

「出会ったとき〜オクノ修、高田渡を歌う〜」というタイトルには意味がある。オサムさんが高校生のころ、当時一時的に京都に住んでいた高田渡さん(多分、高田渡さんも十代だったのではないか?)とフォーク・キャンプ(フォークソング好きの交流会のような場所)で知り合い、そしてオサムさんは渡さんの影響を大いに受け、そして歌うということを自分の重要な場所にした、本当の意味での恩人のような存在。また、オサムさんの2001年にリリースされたソロ・アルバム『帰ろう』の帯で、高田渡さんは以下のような言葉を記している。
「もう、三十年以上前の事。君は少年でボクは青年になりかけだった。ボクは想うその頃の事を。そのあと去った友達がいる。でも、君は今ここに居る。それでいい。元気にカンパイ! 死んで花咲くもんか! ういういしく唄っている姿がとてもうれしい。」

オサムさんが高田渡さんの作品を歌うというのは、簡単なことじゃなかったと思う。それでもあえて歌う理由があったのだと思う。それがどんなものかは他者には分からないけれど、それでいいと思う。人の歴史というのは、そんな簡単に説明できることじゃない。

まだ、この音源を聴いていないのでどんなものかは分からないけれど、1曲だけPVが上がっていることを発見(あ、コアオブたちも出てる! 宇波くんも出てる!)。東京の各所で歌うオサムさんを追った、なかなかに興味深い作品に仕上がっている。何よりも、女性カメラマンの前で少しカッコ付けてるオサムさんがいいなぁ。ただ、歌い方がいつもと少し違うような気がするのは気のせいか? でも、このまっつぐな歌い方も素晴らしい。

コアオブベルズと楽しくやってる(踊ってる!)のもいいなぁ。そういや、オサムさんっていつだって若い世代のミュージシャンたちと一緒に何かやったりするんだよなぁ。このコアオブもそうだし、今度京都の発売記念で対バンをするスズメンバもそうだし。そういえば、以前「スズメンバってバンドがあって、本当にいいから一度聴いてくださいね!」と電話をもらったことがある。スズメンバ、本当にいいんだけれど、ちょっと個人的な状況がバタバタしていてちゃんとお手伝いすることができなかったなぁ。申し訳ないです、本当に。あと、いつもハセケン(長谷川健一)のことを気にしていたりと、なんだか、とても若いミュージシャンに対して優しいんだ。

ただ、資料にあるような「正統派フォーク・シンガー」では絶対ないと思う。オサムさんは、どんなシンガーとも違う個性を持っている「異端」だと思うし、だからこそ時代を越えて多くの人を魅了するのだと思う。最も近いところで言えば、80年代終わりから90年代初頭、オサムさんとよく対バンしていた「すきすきスウィッチ」の佐藤幸雄さんに立ち位置的には似ているのかもしれないけれど……それでもやっぱり歌い手としては独特だ。ここだけの話、かえる目の細馬宏通氏もオサムさんのことを好きなあまり、自身の中ある「オクノ修スウィッチ」押した結果生まれた楽曲が幾つかある。それがどれかは聴いてのお楽しみ。

とにかく、オサムさんは未だ俺をはじめ多くの人々の憧れであり、素敵でカッコよくて、いい感じのエロさ……否、色気を持っている最高のシンガー・ソングライター、なのだ。

『出会ったとき〜オクノ修、高田渡を歌う〜』
MYRD19 / 2,500円(税込)  3月23日発売
1.夜風のブルース
2.失業手当(クビだ)
3.向日葵
4.この世に住む家とてなく
5.ものもらい
6.いつか
7.バイバイ
8.いつになったら
9.こいつは墓場にならなくちゃ
10.酒が飲みたい夜は
11.石
12.銭がなけりゃ

歌、ギター、ハーモニカ:オクノ修
録音:中村宗一郎