のっぽのグーニー『のっぽのグーニー1』

そりゃ、年を食えば大抵のことは過去との繋がりや、どうってことない経験値で分かった気になる。いや、ホントは分かりもしないくせに、「あぁ、これは◯◯をモチーフとして…」だの「◯◯の流れを汲む…」だの、訳知り顔で平気で抜かす厚顔さを身につけちゃっただけの話。でも、たかだか40年足らずの人生で何を知るや、だ。心の中じゃ、いつだって驚き、そしてドキドキしてる。んでもって、この夏、まったく予期しない方向から頭の後ろをガツーーーンと殴られた、いやそんな感じじゃないなぁ。こうキリキリと後頭部に穴を開けられて、そこから頭の中身を覗き込まれて、「いやぁ、あんたこれ好きそうだから」と、まるで己の特異な性癖をわきまえたかのような俺好みのエロビラを束で自宅ポストにネジ込まれたような衝撃的音源がひとつ、それがのっぽのグーニーの『賛歌賛唱』。

のっぽのグーニーって……どこかで見たことあるなぁ。あ、そうだ、円盤に並んでるCD-Rでちょっと前からその名を見た記憶がある。気になりつつも買ったことも聴いたこともなかった。ju seiの男の方…(田中)淳一郎さんだっけ、彼がやってるバンドだっけ? あれ、バンドなのか、どうなのか? それすらも知らなかった。ju seiはもちろん知ってる。毎回見るたびに違う。なんだ、こりゃ、とにかく可笑しい、いやオカシイ。狂ってる。いや、狂ってはいないのか? 狂ってる人はあんなことできないよなぁ、とにかくどうかしてる。どうかしてるから面白い、そんな男女デュオ。

かなり前から円盤田口くんが好きで「とにかくすごいよ!」と聞いてた。で、その後、(東欧インプロシーンでは知る人ぞ知るっていうのは俺が勝手に作った嘘のキャッチの)宇波拓氏が関わりはじめて、どんどんとんでもない方向に向かってるのも知ってた。でも、俺は表層でしか見てなかったんだよなぁ。田中さんとセイさんのデュオで、どうしてもセイさんのキャラクターの強さがどドドーンって前に出てて、田中さんは、ju seiの最新作『コーンソロ』4枚組の豪華版封入の生写真のような、セイさんの後ろでぼおっと焦点が合わず写ってる人、みたいなイメージでしか捉えてなかった。だって、俺が見たju seiのライヴって全部、まともに演奏してるのがなかったんだよ……あ、2度ほど演奏してるのあったよ。忘れてたよ。たぶん、どっかで「田口くんの入れ知恵」とか「宇波くんの悪意が」とか思ってたんだろうなぁ。

でもju seiはju seiとして完全に独立してとんでもない存在だったんだ。で、そのとんでもなさの根源が、田中淳一郎さんにあったっていうのが、はっきりわかった。セイさんにtwitter経由で訊いたju seiの結成の理由は、「のっぽのグーニーを聞いて、田中さんと一緒に何かやりたかった」みたいなことだったらしい。そうかぁ、あのとんでもない世界感の核は、のっぽのグーニーだったんだ。でもね、俺は、HEADZ盤を聴くまで、まったく田中さんの凄さととんでもなさを知らなかったんだよなぁ。アホだよなぁ。すぐそこにずっとあったのになぁ。確かみんな小さな声ですごいすごいって言ってたよなぁ。ちゃんと人の話は聞くべきだ。で、なんでそんなに後悔してるのかって言えば、実はのっぽのグーニーはこのHEADZ盤が出るまで、既に11枚の作品(2作はカセット、残りはCD-R)を作ってたんだ。でもね、のっぽのグーニーのCD-Rは、1枚新作ができたらそれ以前のは廃盤にしちゃってたらしい(最新CD-Rはもちろん買った)。つまり、最新作以外基本的に手に入らない、ということ(ライヴでは売ってるのかなぁ?)。もちろんすぐに「残りも欲しい!」って思った。マニアの所有欲なんかじゃなく、単にこの人の音源をもっともっと聴きたかった。どうやら、 CD-Rの9〜 11は、マスタリングを経てHEADZ盤にほとんど収録されてるみたいだけれど、それ以前がどうなってるのか、と。

で、悔しいからいろいろ人に聞いて回って、ようやく「4」と「6」と「8」以外の音源を借りることに成功。で、喜び勇んで聞いてみた。で、オドロイターーーー! もうね、「1」の時点でこのとんでもなさは出来上がっていたのですよ。確認できるだけで「9」の段階で2006年ですから、「1」っていつごろ作ったんだろう? たぶん10年近く昔の話だと思うのです。で、もうすでに半分完成です。ぬかりがないです。

ということで、まずは記念すべき『1』について書いてみるとします(長ーい前フリ)。

当初、この作品はカセットで販売されていた模様。販売されてたのかなぁ。 webを見ると、6から値段が付いてるから、配ってたって感じなのかなぁ。で、この作品、ほとんどドラムマシンとギター、ベース、ちょっとしたシンセ、歌の多重録音だけで作られてます。シンプルな、いかにも“宅録作品!”って仕上がり。ただねぇ、なんだろ、音がいい。HDR以降は、宅録とはいえ、みんなこんなに音がいいのかな? ただ、何よりも音の良さの理由として、“無駄な音が何も入っていない”からやと思う。無駄なエフェクトもないし、無駄な装飾音もない。歌にも変なリヴァーブがかかってない。世辞にも巧いとは言えないヴォーカルだけれど、もう「ゴロンっ」って感じで、隠すことも装うこともなく、歌を落としてる。

1「outside」は、もうドラムマシンのワンフレーズをループにしたまま、ギターとベースが曲を固めていく。ベースの動きがかなり肝で、ギターと呼応するように、丁寧にバランスを取ってる。その上に空気のような歌声で語りかけるヴォーカル。歌詞の内容も含めて、音全体に衒いがない生真面目な感触。

2 「night light」 リズムマシン的音色の4小節の軽妙なビートに導かれる佳曲。ドゥルッティ・コラム風味のアルペジオ&ディレイの2コードの繰り返し繰り返し。ただ、ヴォーカル、既に歪ませて遠くにうっちゃっちゃった(笑)。括弧とした旋律もないホントーによくあるわかりやすい楽曲なんだけれど、なんだろ、すごくひっかかる音。ギターの音とかに迷いがないからなのかなぁ?

3「new world」 コチラもシンプルなリズムに始まり、途中からギターは、グランジ以降の強烈な歪みを加えさせられる。ただ、このあたりで奥で聴こえてくる暴力的な歪んだリズム。そうなんよねぇ、「のっぽのグーニー」を一言で称すのにに、「諧謔」あたりがあげられると思うんだけれど、それ以上に得体のしれない「暴力性」が魅力だし、だからこそ怖いんだよなぁ。こんなにいいメロディで「泣いてるの? 閉じた目は? 隙間が冷たすぎる」とかなんとか抜かしながら、暴力がすぐ横に鎮座している、そんなファニーな風景。

4「bye bye world」  ギターの歪みと逆回転を含む無軌道っぷりは、より凄みを増し、歌声はよりか細く、イメージの彼方に。楽曲的には、本当にグランジ以降のよくあるポップ・ミュージックの一形態なんだよなぁ。でも何か違う手触りを感じるのは、きっとこの人グランジなんて絶対通っていないって思わせるから。田中さんのルーツに関しては、これ以降明確に姿を現し始めるけれど、このファーストで聞けるのは、いわゆる「宅録作品にありがちなルール」をわかりやすい形で提示しつつ、自身の持つ無軌道な振り幅で聴かせる、みたいな感じなのかなぁ。

ただ、本当に良く出来てる4曲。時代性を鑑みてもありがちな楽曲にありがちなスタイルにも関わらず、何本か同じようなデモテープを聞いても、間違いなくこれを選ぶであろう特別感がある。なんだろうなぁ、それは。その理由については、これ以降考えていきたいと思います。

あ、あと、どなたか「のっぽのグーニー」の「4」「6」「8」を貸してください! とにかく聴きたいのですよ。お礼は何かしらしますんで、何卒、宜しくお願いしまーす!