のっぽのグーニー『のっぽのグーニー3』

長く続けているアーティストの場合、3枚目の音盤が大抵最も素晴らしい傑作になる伝説。1枚目→衝動、2→変化、3枚目→完成(この後レーベル移籍)、4枚目→問題作・破壊(バンドの場合、この直後に解散)、5枚目→コンセプチャル・アルバム:駄作 (あまりに売れなくてベスト盤を急遽リリース)、6枚目→渾身のロックオペラ、7枚目→メンバーの半分入れ替え、元メンバーのソロの方がバンドを超える……。ぶっちゃけて言えば、個人的には、大抵のバンドの1枚目と5枚目が好みです。1枚目がいいのは当たり前の話、でも5枚目あたりってダメでいいんだよなぁ。大抵、主要メンバーがいなくなっちゃって、でもそれでも気張って作って、なおかつ実験的なことしようとして、失敗。テーマだけでかいの掲げちゃって自滅。その気合の空回りが好きです。変な音入れちゃったりして。

で、のっぽのグーニーさんの場合、この『3』が5枚目かもしれません(笑)! 伝説、却下!

カセットで3本リリースされたカセットバージョン最後の作品。この後からCD-Rでっていうことは、ここらでコンピューターが導入されたのかもしれませんが、噂では田中さんはそんなにネット環境やコンピューターに支配されていないとの話。なんだ、支配って。バビル2世か? トロンか? この後リリース形態が変わったってことは、このあたりで少しはハード的な変化があったんだろうなぁって想像するんですが、音を聴く限りはまったくシステムは変わっていない様子。ただ、前作に満ちていた“悪意”は少しだけ後退し、わりと手癖で作られたような、ぼんやりとした音が並びます。これって、もしかして芝居とかダンスとか、個展とか、何かしら“純粋に音楽以外の用途”用に制作されたものじゃなかろうか、と今ふと思った。どうだろ?

個人的には、“ダンス”ってよくわかりません! 舞踏は少しは理解できてるつもりなんですが、ダンスってもんがわかりません! ダンスがうまく分からない、あまり夢中になれなくて……ひとりきりでは(この食って入る部分が好き)。

この CD、コンピューターにぶち込んでみたら、“ジャンル:エレクトロニカ” になってます。嘘ぉ! まぁ、こういうもんのジャンルって一体どういうシステムになってるんですかね? 全然興味ないですが。ただ、やっぱりこれまでの作品の中では一番シンセが多様されております。シンセの使い方も、なんでしょ、復活して以降のタンジェリン・ドリームのような白玉がせっかくの甘い歌声や巧みなギターアルペジオを埋め尽くしています。全体を通して近い印象は、80年代のエレポップをそれ以前の人たち(クラフトワークを除く)がやってみたパターン。 ju seiでも時折そういうサウンドが聴けるんですが、結構批判的に使ってると思っていたけれど、こうして聴く限り、この手のエレポップ系サウンドは田中さんの根っこにあるのかもしれません。

シンセ多重録音とe-bowでも使ってるのかなぁ、エレキギターのフィードバックがかったロングトーンで仕上げられた「夕闇」と「夜の真ん中」、そしてタイトルがその間となる「夕闇と夜の間」(考えてみれば、それって夕暮れのほんの一瞬のことじゃないか!) では、インプロ的にシンセとドラムマシン、エフェクトで仕上げた作り。そしてそれ以外の3曲「始めの点」「入り口」「入り口、再び。」……あ、これ曲のタイトルから読み取るに、やっぱり何かしらのコンセプチャル・アルバムかな。それが5枚目感を導き出してるのかぁ。

「始めの点」は本当に暗めのエレポップ仕様。リズムボックスのシーケンスと無機質なヴォーカル、ウィンドベルの響きがオカシイけど。「ロボットの中に住む住人」のようです。む、コレは文明批判か(笑)? ニール・ヤングで言うところの『トランス』のようなものか(俺はホントーに大好き、あのアルバム!)。絶対違う。間違いなく見誤ってる。あと、「入り口」「入り口、再び。」は共にフツーにいい曲。フィルムスやシネマとかに通じる“日本の”エレポップの消えちゃった流れにつながる感触です(あとju seiのエレポップ路線の曲は佐藤奈々子のSPYみたいなんだけど、どうなんだろうか?)。

こういうちょいとダメな迷盤に出会うと、本当に次が聴きたくなる。絶対、次いいはず。なんだろう、この胸騒ぎは? ということで、次の『4』が当方手に入ってません! 誰か、貸してください。聴きたいです。聴くだけで十分なんです。お願いします、乞う!