『音楽が降りてくる』湯浅学

 家に帰ったら湯浅さんがDOMMUNEに出てて、松村さんやばるぼらさんと共にうだうだとくっちゃべってた。それがDOMMUNEであろうが、円盤だろうが、どこかの取材先だろうが、湯浅さんのご自宅の陽あたりのいい廊下なんて場所でもまったく変わらぬ、ちょいとハスに構えた感じで、その実、人の話をちゃんと聞きながら、ちょっと熱く、もちろんほとんどグズグズの笑い話だけれど、湯浅さんが話していた。もちろんその文章の素晴らしさはあえて説明する必要はないけれど、俺は湯浅さんが好きなもの……最近仕入れたラリーズの話やまた手に入れちゃったギターの話、エンケンさんの話や子供の話、とんでもなく面倒くさい人たちの話……を語りながらニヤニヤしてるのを見るが何よりも好きだ。内容以上にその恐ろしくレベルが高い話芸、これをタダで聞けることの役得感を満喫しつつ、だからこそ編集者としてどこかに同行させてもらったりするのを楽しみにしていた時期がある。

でも、そんなバカ話を続けていたはずだったのに、落とし所で妙にホロリとさせたり、背筋をしゃんとさせるものになってたりするのが常。いつだってものすごくフランクに話してくれるから忘れちゃってるんだけれど、そんな熱い言葉を耳にした時、「あ、俺はこの人(と安田謙一さん)に憧れて、音楽に関する文章を書いてみたいと思ったんだ」ってことを思い出したりしてた。もちろん、文章の力はもちろん、その膨大な知識と音楽に対する熱情も及ばないのは重々承知の話。でも、23歳くらいのころかなぁ、今日もDOMMUNEで宇川さんがその話をしていたけれど、『幻の名盤解放同盟』に封入されていたちっこい文字でびっちり書かれていたライナーノーツの文章、それは、これまで読んできた音楽評論的なものとはまったく異なる、でもとても美しい言葉(もちろん内容はとてつもなく下衆いもんだったけれど)に憧れたんだった。

そんな自分が、湯浅さんと初めてちゃんと話させていただいたのは……あれ、いつだったっけ(笑)? たしかフリーの編集者になって半年くらいのころ、久保田麻琴さんの取材で横浜郊外のとある場所で落ちあって久保田さんの家に向かったときだったかしらん。もちろんずっと尊敬していた人だったから緊張していたわけだけれど、それ以上に駅に付いた途端コンビニを探して、コンビニのファクスから電車の中で書いたという原稿をどこかの編集部に送ろうとしていたその姿にやられた。そのときに、初めてあの筆圧の強いみっちりとした文字を生で見たんだよなぁ。 10年くらい前とはいえ、既にワープロやコンピューターで原稿を書いてメールで送るのが主流になっていた時期、でもそのみっちりとした文字を見て「わ! かっこええ!」って思った。湯浅さんのあの手書き文字の説得力は、やっぱハンパないんですよ。実は昔デザインとかやってた人だから、またなんかいい感じなんですよ、デザイン的センスの良さもあるんだろうけれど、こう、文字が笑ってる。どんなシリアスな原稿だろうと、文字が笑ってるんですよ。あれがたまらんかった。子供文字。

その後、何度か一緒に仕事をさせてもらう機会に恵まれて、いろんな話を聞いたり体験させてもらった。それは、とにかく恐ろしく面白いんだけれど、まぁ、公に語ることでもなし。ただ、ひとつ驚いた、というかもうあまりに凄すぎて、自分なんて音楽評論とかライターとか軽く言えんなぁって思ったことがあった。

湯浅さんが8割くらいの文章を書き上げた『モータウン・ハンドブック』って単行本を編集者・デザイナーとして参加させてもらったときの話。この本、入稿1ヶ月前を切ったあたりで手伝い始めたんだけれど、その時点で台割はもちろん、原稿も数ページ分しかないというとんでもない状況だった。レコードガイドに加え、アーティスト紹介等、資料的なものをベースとしているからある程度期間が必要なのね。でも台割は湯浅さんの頭の中にしかない(笑)。どないしょーっと思って、なぜか俺がエクセルで台割作って全体を俯瞰してみて……で、分かったのは、とりあえず「湯浅さんは、まだ1文字も書いてない(爆)」。実は、そのころ湯浅さんは大手術をして、ちょっと前まで入院していたいたのだった。

で、担当の編集者氏(ミスター!)にジャケ写とかデータとかをとりあえず任せて、俺は全体のレイアウトラフとかを引き始める。大丈夫か、大丈夫なのか、と。で、結局校了前5日ほどで編集部に泊まりこんで一気に作ることになった。で、そのとき恐ろしいものを見たんだ。ご存知の人も多いけれど、湯浅さんはネットはもちろん、コンピューターもほとんど使わない(いや、最近は知らない……あ、今日iPod使ってるのをみて驚いたー)。それゆえ、資料として数冊の本だけを持ち込んでいた。それは、モータウンのヒストリー本なんかじゃなくって、ビルボードチャートの詳細が細かく書かれている資料。で、資料はそれだけ。

そんなんで作れるのか? と思った。でも、その数時間後には、次から次へと手書きの原稿が仕上がっていく。ビルボードチャートの本は、曲名やアルバム名、アーティスト名、ヒットした年を間違えないために置いていただけ。つまり、それ以外のこと(アーティストのプロフィールやアルバムの内容等々)は、すべて自分の記憶の中にあるものをこれまたみっちりとした文字で原稿用紙に書き記しているのだった。

それを横で編集者がデータとして文字おこしし、俺が編集・校正しながら流し込む……そんな感じで、ほとんど1週間くらいでこの本ができたわけです。すげーよなー。それくらい頭の中で音楽がなってるんだよなぁ。そうやって、実際にたった5日で本ができあがっちゃったんです。誤解しないように言えば、1つの記事とかじゃなくって、200ページを超える単行本だからねぇ。というか、今、「自分は音楽評論家です!」とか抜かしているくせに、レコード会社の紙資料やall music guideのプロフィールを書き写しているお前にお前は、まず一度その光景を見といた方がいい。2度と「音楽評論家です!」なんてぇことを軽々しく言えなくなるから。ちなみに俺はそれを見て、基本的に音楽ライターになることを諦めました(笑)。

と、いうことで湯浅さんの新刊『音楽が降りてくる』の話。これ、もちろん面白いんですよ。面白いに決まってる! その詳細についても今日のDOMMUNEで結構宇川さんが丁寧に語ってたから、あえて書くまでもないでしょう! でも、俺はまだまったく読めてないし。いや忙しいってだけじゃなくって、最近子育てが忙しくて、まともに本を読んだことがないんです。ただ、ひとつ思うのは、湯浅さんの文章って極端に面白いしえげつないんですが、「軽さ」で読ませるわけではない。いや、違うな、本当にズシーン、と重いんですよ。球が重くて速いくせに変化球(いや魔球)だらけ。野茂のフォークみたいなの。だから、クソ面白いくせに、簡単に読み進められないんです。読みながら、「わ、なんや、この表現。何、このグルーっと外を回ってるかと思ったら、いつの間にか核心を攻めてるのは!」みたいな感じで、ちょっと読んでは奥に存在する意味を考え、ちょっと読んではニンマリしてる。だからまったく読み進めることができなかったりするのですよー。これは俺だけかなぁ。『音山』『音海』もたぶんいまだ全部読み切れてない。まいったなー、まったく。あと、今日宇川さんが湯浅さんを称して「個人史」とか「私小説」って言ってたけど、そういう部分もあるんだろうが、やっぱり徹底して自分と対者との距離を計った評論が基本だと思いますよ、俺は。妄想や創作をベースとした【ワタクシ】的なもの……それは小説も書いている湯浅さんの一方向性ではあると思う。妄想で行間を埋めて、気付くと行間がはみ出てきてしまっているようなものももちろんある。ただ、音楽家自体に対しては、どんなに仲良くなってもどんなに一体化しても、やっぱりちゃんと距離を保って(もちろん浜田さんのような特例もあるけれど)、その 「音楽」自体の魅力を増幅させる形で伝えてくれていると思う。美しいものはより美しく、醜いものはどこまでも醜く、愚かなものは信じられないくらい愚かに、その音楽の形となりを的確に伝えてくれていると思う。その的確さに、いつも目からウロコがボロボロと落ちてしまうのだ。

ということで(って何の「と、いうことで」なのか?)、湯浅さんのこと知らない方も、一度その重ーい球を味わってみては?……と普通のことを書いちゃったよ(笑)。というあたりで、ちょうどDOMMUNEの湯浅さんDJも終わったので書き終えてみよう。

あ、あと湯浅さん、あの例の本はどうします? 映像もある程度まとまってますんで(って誰に業務報告?)。