アルコールを売るということ

2年近く前に酒を飲むことをやめた。2年より前の自分を知ってる人は本当に驚くだろうけれど、とにかく2年前、諸事情によって酒を断った。本当はねぇ、なんだ、あの「断酒会」とか「AA」みたいなのに行かなくちゃ無理かなぁって思っていたんだけれど、アルコール依存はあれど、禁断症状を起こすほどのものではなかったようで、「やめよう」と決めたその日から今まで約2年、酒は一滴も飲んでない。いや、あれだ、一応約束として「アルコール1%以上の度数のものは飲んでいない」ということ。だからホッピーの外っていうか炭酸部分とかローアルコールビールみたいなのだけは、時折飲んだりしてる。あかんやん。あかんのかな?

酒をやめてよかったことは、まず、身体のむくみがなくなった。一時期、走ることもできないくらい足首がふくれあがって痛かったもんなぁ。あと、お金を使わなくなった。酒を飲む場所にあまり行かなくなったこともあり、その分貧困家庭の経済は少し救われた。そして、もうひとつ、あんまり喧嘩をしなくなった。元々、俺も嫁も気性がそんなに穏やかではないがゆえに、酒が入ると火に油を注ぐがごとく大喧嘩、翌日反省。いや、反省しようにも覚えてなかったりさえしてた。でも、今は、まぁ喧嘩はするけれど……覚えてる。時折冷静になれる。で、悪かったら謝る。

悪かったことは、人付き合いかなぁ。やっぱりそういう場所に足を運ぶのが億劫になったのは事実。あと初対面の人と話したりするときやっぱり緊張したりするじゃないですか。そういう時、「あ、酒があったらもう少し楽しく話せるのに」(自分が面白いかつまらないかは棚に揚げ)と思ったりすることも、やっぱりある。あと、深夜仕事から帰ってきて「一息」つくのに、飯をかっくらっちゃうんですよね。その結果、デ・ブームに(笑)。仕事終わりにビールをキュット、で、酒一杯飲んで寝るっていう、あの幸せな感じが今も身体が覚えてる感じはある。

断酒後、ふと思ったのが、「あぁ、酒って楽しいけれど怖いもんでもあるなぁ」ってこと。「いい酒」っていうんですかね、人によっては酒を飲むことでニコニコとして人付き合いもよくなって、その結果場も盛り上がって……ってことが多いんだろうけれど、「悪い酒」もある。自分はまぁ……悪い酒飲みなんやろうなぁ。人間の問題かもしれんが。で、思ったのは、「アルコールとドラッグって何が違うんだろう」ってこと。片方は合法、片方は違法、でもその効能はモノによっては違えども、アルコールでも人によっては結構トンデモナイことになったりしてる。東京都だけでも年間1万人以上急性アルコール中毒で搬送されてるらしいし、死亡者はその1/100くらいか。ただ、そんなちょっと危ない(かもしれない)もんが、なんで24時間のコンビニで当たり前の顔して売られてるんだろう?

いや、おぼろげな記憶を辿れば、たかだか数年前までこんなに普通にビールとか売られてなかったよなぁ。酒屋はもちろん、大型スーパーにはあったし、「酒コンビニ」って呼んでる酒屋がコンビニになった場所では売ってたけれど、すべてのコンビニにはなかった。5、6年前にどこのコンビニにビールが置かれて大喜びした記憶があるもん。「これであの態度の悪い店に行かなくっていい」って。でも、今やどこでもすぐに手に入るビールにハードリカー。これは、酒類販売事業免許っていうのが変わったかららしい。それまでは免許が必要やったから酒屋の一手市場(たぶん大型スーパーの中に酒屋が入ってる形だったのだろう)で、その免許を裏で販売っていうのもやってたらしいけれど、とにかく酒は申請さえすれば基本的にどんな店でも「小売」することができるようになった様子。で、どこに申請するのか、「酒類事業局」みたいなのがあるのかしらん……え、税務署に申請? あ、そうなの? 税務署管轄なんだ。

戦前に制定された「酒税法」をスタート地点としてひとつの利権になっていた「酒類免許」をあえて緩和した理由はいろいろあるだろうけれど、とにかく「酒をたっぷり売って、大きな税収にする」っていうのがあったんだろうなぁ。 酒飲みはアルコールに関してはお金を落とすもんなぁ。制限をなくせななくすほど税金は入るし。また、「酒好き」の社会的な若干の後ろめたさもあってか(それはどうか分からないが)、酒税に関してはあんまし大きな声で文句言う人いないもんなぁ。

そうやって、今や日本では、酒は24時間、一応年齢制限はあるものの、どこでも誰でも手に入れることができるようになった。 飲み屋を追い出されるくらいドロッドロに泥酔した奴にも、コンビニでは面倒くさいから普通に酒売ってくれるもんね。

で、その飲み屋ってのもこの国はかなり緩い。今、自分は飲食店をやってるんだけれど、飲食店を始めるに際して何が必要か、誰に教わるでもなく「え〜、こんな簡単なの!」って思った。よく言われるのに「オダ君、調理師免許持ってたの?」と。いや、持ってない。というか、大変やん、それ。いつか取りたいけれど、未だ取っていない。実は飲食店をやるに際しては、唯一「ひとつの店舗で1人食品衛生責任者が常駐する」ということ。もちろん調理師免許だったり「衛生管理者(これは国家資格です)」がその代わりにもなるんだけれど、この「食品衛生責任者」は約半日の講義を受講することで基本的に取得することができるような代物。手続き等のために1万円くらいかかるんだっけな? でもそれだけ。で、それさえ取っていれば、飲食店を始めることができる。もちろん、その店舗が衛生的に問題はないか、というチェックは入るわけですが、保健所の検査に合格すれば(シンクが2つ必要とか、調理場が仕切られているとか、幾つかの項目)、営業を開始することができる、つまり酒も販売することができる。営業時間や業種に関しては、自治体が決めている都市計画法での「商業地域」とか「第一種住居地域」とかいろいろあって、これによって住宅地域での業種制限ってのはある。ここらへんで風営法も関わってくるのかな? 学校の近くに風俗店等を作っちゃダメとか。でも、まぁ、駅の周りは大抵は商業地域指定になっているのかな。つまり、まぁ駅近の飲食居抜きを借りられれば、1日の講義を受けるだけで深夜までお酒の販売も可能なんです。うわぁ、楽ちん! いや、それでも面倒なんだけれどねぇ(笑)。

で、この「食品衛生責任者」ってのも「飲食申請」も、両方共に保健所での管轄なんですよね。あ、こちらも「酒類」に関する特別な機関があるわけじゃないんだ。

で、ふと思い出したことがある。松沢呉一さんと久保憲司さんが非常に興味深いやり取りをしていて、自分も同じようなことをぼんやり調べたりしていたもので、続きを「楽しみにしています」と書き込んだら「だったら出してください」と書いていただいたので、少し文字にしてまとめてみようと思う。個人史を基盤にしているのでとても稚拙なものなんだけれど。

今から20年ほど前、ほんの少しの時期マンハッタンのジャパニーズ・レストランで働いていたころのこと。当時働いていた板さんがいて、本当に技術も高くて、基本学生相手にやっている食堂みたいなジャパレスではもったいないなぁっていうような人がいた。で、ある時に「独立とかしないんですか?」と聞いたら、「店を借りれるけれど、リカーライセンスを取るのが大変」、と。例えば、NYのインド料理屋とか基本的にビールとか持ち込んでいいって聞いてて「こりゃ、有難いなぁ」って思っていたけれど、それが宗教的な理由もあるけれど、「リカーライセンス」を持っていないからっていうのが一番大きな理由だったと後で知った。で、そのとき聞いたのは「リカー・ライセンスをマンハッタンでゼロから取るのは弁護士を雇っても結構大変だしお金がかかるから、ライセンスを持っている店を権利ごと買う方が早いんだよ」ってことだった。寿司屋等を始めるにあたって、やっぱり酒を置けなかったら商売ができないのもよく分かる。結局、その1年後、その板さんはどうやったかは知らないけれど自分で素敵な店を始めた。ただ、そのとき聞いたのは「もう借金だらけだよ」とのことだった。

アメリカは大きくていろんな人種が住んでいるし、宗教的なことも関係して、法律に関しても州ごとにかなり違う。ニューヨークで営業用のリカー・ライセンスを取るためには、その店の業種や規模、営業時間等を申請して、その近隣の人々の許可が必要だとのこと。つまり近隣へのネゴシエーションがなければ、飯屋はできても酒の免許はおりないらしい。ただ、自分が知ってるのは20年くらい前の話なので調べてみたら、今もそんなに大きくは変わってない様子。あんだけ、飲み屋なんて山ほどあるから簡単に始められると思っていたけれど、ものすごく大変やったんですな。あと、ライセンスは取れても、マンハッタンでは2年で40万くらいは払わなくちゃいけないのか。他にもたぶんいろいろ支払わなくちゃいけない要素もあるんだろうなぁ。

そのころ仕事が12時くらいに終わって、さぁ飲みに行こうと繰り出す。カフェの一角でビールを飲んだり、アイリッシュパプに行ったり。で、2時くらいになったら店の入り口の鍵を閉めちゃうの。「あれ、何かあったの?」って最初は思ったけれど、基本、2時でアルコールを提供してはいけないってことで、ここからは「営業ではないサービス」というグレイゾーンでの飲みとなる。まぁ、実際には先にチップと金をカウンターに置いて、そこから飲んだ分だけ引いてもらう形。時には、「ビールあと1杯だけ奢るからさっさと帰れ」ってときもあった。まぁ、2時以降でもグレイゾーンで飲ませてるんだけれど、そこにはいろんな力関係が働いているんだろう。

でも、なんでそこまでアルコールに対して規制が入るんだろう。日本が緩過ぎるのか? アメリカが厳しいのか?

例えばモルモンの聖地でもあるユタ州では特別アルコールに対して厳しく、日曜日は酒の販売を禁止したり、度数によって販売店の規制があったりもする。まぁ、ユタ州に留学していた友人曰く、「まぁ、それは決まりみたいなだけで若い奴はみんなハードリカーも飲みまくってるよ」ってことだけど、一応ルールとして。また、州法によっても全然違うし、それより小さな群でもまたルールがある。古いしきたりを重んじる田舎街だけでなく、「ドライカウンティ」と呼ばれる「酒を販売してはいけない群(飲酒は可能)」は山ほどあるし、マンハッタンのすぐ横にあるニュージャージーはバーゲン群(ブロンクスから橋をわたったすぐそこの場所だ)は、キリスト教ピューリタンの古いルールである「ブルー・ロウ」を未だに採用していたりもするらしい。かつての「禁酒法」や、この「ブルー・ロー」の流れがあり、未だにアルコールに対して、表向きは「悪」としてのレッテルを貼ることにしているんじゃないかしらん、と思ったりもする。

でも分かんないんだよなぁ。そこまでアルコールを規制しながら、逆にアルコールを山ほど販売していたり。場所によっても地域によっても、単に「道徳観」ってだけでは語れないいろんな要素がからみ合って、妙なグレイ・ゾーンがひしめき合ってるのかなぁ。あと、日本とは違って「酒類管理局」っていうのがこれらリカー・ライセンスを管理していて、そこらへんの成立具合も含め考えないと全然見えないのかもしれない。

でも、さ、ずっと思っていたんだけれど、そんなアルコールに厳しい場所で、いったいどうやって強烈なクラブが生まれてきたのかな、と。まぁねぇ、踊るにはアルコールよりもドラッグや草とかの方がいいのかもしれなくて、リカー・ライセンスなんて取ってなくても問題なかったのかもしれない(実際、パラダイス・ガラージなんかはリカー・ライセンスがないがゆえに酒の販売をしていなかった。それゆえに警察が検挙できなかったって話もある)。ただ、自分が時折足を運んでいた90年代初頭のオオバコ、コバコでは、当たり前にハードリカーを販売していたし、深夜どころか朝まで延々とやっていた。あれはいったいどういう仕組みだったんだろう? あんな面倒くさそうな場所でどうやってリカー・ライセンスとか取っていたんだろうか? 違法なの? あれ?

世界的に見ても、リカー・ライセンスってのは普通にあって、まぁ、たぶんそこがある種の利権の温床になってるってのもあるんだろうけれど、イギリスとか確か「個人で」リカー・ライセンスを持っていないとアルコールのサーブもできないという話を聞いたことがあるんだけれど、あれはどうなんだろう。表向きは「免許制」ってことだけれど、実際は違うってことかな? まぁ、日本ほどアルコールに対して甘い国も少ないんじゃないかしらんとは思うんだけれど、それもちょっといろいろ調べてみないと分からない。安易に「甘いから考えを改めるべきだ!」って言うのはかなり危険だと思うし、これ以上締め付けられてどうするって思ったりもする。

ただ、アルコール販売を含む風俗っていうのは、その場所で暮らす人に密着していて、かつそこで暮らしてみないとグレーゾーンも含めて理解できないことが本当に多いと思う。この日本に住んでいながらも日本の「風俗」を理解できているかといえば、それはもう、全っ然できていない。外国人に法律として「◯◯なんだよ!」と説明できても、実際はどうなのか、なぜそんな「曖昧な部分」があるのかってことを説明できるだけの知識もない。それだけに、世界の風俗、それも場所毎に異なりながらも全世界のどこにでもある「アルコール」という風俗を簡単に語ることはできないと。

もう少し調べて、また書き足したいと思います。とりあえず、俺は今日も酒は売るけれど、酒は飲めない。

では。