小さい社会だからこそ、の。

言葉にせなあかんこと、言葉にしようと思うこと、なんとなくとしたもやもや、そういう類のものが気持ちの中にいっぱいになってる。原発のことだったり、生活のことだったり、音楽のことだったりいろいろ、もちろん嫁はんや友人といろいろ話したりはしているけれど、ちょっと自分の気持ちをまとめるために、ひとつずつ書きながら考える。いや、書くことで考えをまとめる備忘録。まずはモヤモヤの小さいところから。

一昨日、年に一度のマンションの管理組合の会合があったのですよ。まぁ、説明せねばならないんですが、ウチのマンションは築40年を超えるようなヴィンテージマンション、いや、古いだけ(笑)? でも、まぁ結構味わいのある建物です。で、そのマンションは、いわゆる管理会社がまったく入っていない完全自主管理で運営してる。というか、古いけれど、一応スラム化せずにちゃんと綺麗な体で存在しているのは、たぶんこの自主管理のおかげだと思っています。よくあるじゃないですか。ダメな管理会社のせいで清掃もされず、管理費を食いつぶされてるだけのマンションって。でも、ウチのマンションは、そういうのからうまく逃れられた様子。

でもねぇ、言うはやすし行うはきよし(否、難し)。実は自主管理ってとても大変なんです。 30世帯くらいの小さなマンションなもので、5年に一度くらいは管理組合の仕事を担当せねばならない。素人たちがよってたかって、管理費の計算だ、修繕の手配だ、エレベーターの管理だ、時にはマンション全体の大規模補修だの段取りを組むわけですよ。これがねぇ、もう、たまらないの。築40年だけあって、住んでおられる方も結構ヴィンテージ(笑)。とはいえ、東京の結構都心だけあって、ウチの隣には某映画音楽家が住んでいたり、ちょい前には某レコード会社社長や評論家が住んでいたりと、ヴィンテージな方々だけれど40年前のモダーンな方が多く、ベタなオッチャンオバちゃんの毒気にやられるって感じじゃない。だからこそ「自主管理」という方法を選んだんだと思う。でも大変。管理組合を担当時は、ホールを通るといろんな住人の方に雑用を頼まれたりもするもので、もう非常階段から登り降りしたりしてたこともあるくらい、大変。

正直、素人のやる仕事じゃないかも。管理人さんの契約云々から保険会社との交渉なんかも自分たちでせなあかん。 住人のヴィンテージ化と共に、入り口にスロープを作ったり、手すりを作ったりもするのです。でもねぇ、やっぱ今までそんな素人が素人なりに気張ってやってきたんですよね。そんな連帯感ゆえに、都会のど真ん中、生活圏も違えば収入も全然違う(たぶんウチは最下層だと思う・笑)にも関わらず、なんか長屋感があってね、3.11のときなんか、一人暮らしのご老人と友人のご夫婦とみんなで肩寄せ合って飯を食ったり、お歳暮の余りを分けてもらったり、お菓子をおすそわけしてもらったりといい感じの交流が生まれたりしてるんです。ウチの子供も預かってもらったりしたことさえもある。

で、昨年から一年、自分はなぜかその管理組合の代表をやったりしてて、結構それでバタバタしてた。震災もあったので、壁にヒビが入ったりしてその交渉だとか、いろいろ雑務。で、一昨日の会合で司会を勤めたらようやくしばらくお役御免、となると思ったら、まぁ、そうはいかなかった。

マンションっていうのはいろんな人が過ごしているんですよね。自分たちのようにそこを住処としている人間がほとんどだけれど、そうじゃない人もいる。いわゆるマンション経営っていうか、資産として一部屋を購入して人に貸しているような方もいる。まぁ、こんな古いマンションのどこが商売になると思ったのかよく分からないんだけれど、とにかくそういう人がいる。で、その会合に住人ではないんだけれど、そういう方が出席されたわけですよ。妙なイタリア風のピタっとしたシャツを着て、妙な色の入った眼鏡をかけて(毒)。

で、素人集団が「ああだこうだ」とやってるのを見て、とにかくチャチャを入れてくるんです。「この部分の清掃費はもう少し削れるはずだ」だの「エレベーターの管理会社に経費がかかりすぎだ、別のところに変えるべきだ」だの「工務店に無駄に金を払い過ぎだ」だの。なんだ、こいつ。面倒な奴、と思いつつ、半分くらいは正しいんですよ。ウチの 出入りの工務店ってのはもう30年くらいずっと入り込んでて、まぁ……古いタイプの工務店のオッチャンで、気を抜くと若いころの武勇伝をさんざん聞かされる。で、仕事は早いし安いんだけれど、粗い(笑)。勝手にドンドンいろんなものを取り付けたり、デザイン的にそれはないやろ、的な作業を平気でやっちゃったりする。でもいいオッチャンで、いろんな無理を効いてもらったり、急な仕事をやってくれたり、「このマンションは俺がおらな」的な責任感でやってくれてる。でも、そういう部分は、「工務店に競争をさせて、価格と仕上がりを良くするべきだ!」と提言してくるのですよ。

それはね、確かにそのとおりなんですよね。普通の感覚で言えば。普通の経済効果とかさ、資産価値とかさ、そういう視点から考えたらね。 その人の言ってることはまったくもって正しい。

でも、ここに住んでる人間にしてみたらね、そういうことじゃないと思うんです。 確かに管理費や修繕積立金は、できるかぎり上手く運用したいと思うし、効果的に使うべきだと思ってはいる。ただ、そこに住んでて、この先もたぶん死ぬまでここに住むであろうって人たちにとっては、数値化できる「資産価値」なんて、あんまり気にしちゃいない。それよりも、「いかにして気持よく住むことができるか?」ってことの方が大事だったりするわけです。あと、そこに長年関わってくれている工務店のオッチャンや清掃業者のオバちゃん、管理人さんとかね、そんな一人ひとりの生活とかを含めて、このマンションに関わる人たちが「気持よく生きることができる」んだったら、別に資産価値なんて下がってもいいって思ってるし、ちょっとくらい損してもいいと思ってるんだと思う。自分らの住み心地を良くするんだったらタダ働きも仕方ないと思ってる。進んではやらないけれどねぇ。

と、考えてみれば、これは小さな社会なんだろうなぁって思う。このマンション自体で経済効果を生み出しているわけではないけれど、考えも生活水準も年齢もまったく異なるけれど、皆、それぞれが気持ちよく楽しく過ごすために、ある部分を犠牲にしながら寄り添って生きていく、という場所。で、何か問題があったら素人なりの不恰好な形だけれど、自分たちで解決していこうと努力して、そしてまぁ、なんとかかんとかやっていく。まったく仕事をしない人もいるけれど、そういう奴は陰口を叩いて、ちょっと会ったときにいじわるなんかして(笑)、でも少しでも協力してもらおうとする場所。自分勝手でアカン人も頼んだら結構いろいろやってくれるもんなんですよ。だって、自分らも少しは気持ちよく暮らしたいわけやからさ。

それは、社会が小さいゆえに、それぞれの顔が見えてて、やっぱり迷惑はかけちゃあかんよなぁ、という自分たちなりの最低限の責任感、それをベースとした暗黙のルールみたいなのがあってようやく成立していると思う。で、そういうのって、結構ええなぁと思ったりしているのですよ。社会構造の基礎、とうか。でも、社会の単位がどんどん大きくなっていって顔も見えず、責任の所在もどこにもない。意地悪しようと思っても、誰にいじわるしたらいいかすら分からなくなってる社会。いや、意地悪どころか、責任を取ろうとする人間が馬鹿を見るような場所。それが、今、どうにもこうにも苛つくし、どうすりゃいいのか分からないようになってる。

で、先ほどの「資産価値」基準でいろいろ言ってくる方の話。彼にしてみれば、永遠に分からないんですよ。会合が終わって、直接結構話し込んだんだけれど、なんで、このマンションの人たちは自主管理にこだわってるのか、と。「私がいくらいい管理会社を紹介しますよ」と言っても聞く耳も持たない。「愚かですよねぇ、面倒なことばかりして。今やそういう時代じゃないのに」、と。

でも違うと思うんですよ。あなたにとっては単なる「資産」でしかないけれど、ここの住人にとっては、この場所は「社会」なんです。いわゆる「経済」から少し外れた場所にある。「効率」とか「能率」っていう数値では推し量れないモノのほうが、世の中を動かしていることもある、と思う、というか信じたいと思ってます。グローバリゼーションだかなんだかしらないけれど、そういう社会構造は、「あ、やっぱり失敗やったよね」ってことになっちゃったわけじゃないですか。そのバブルそのままのファッションと同様に、そろそろそういう感覚を意識的に捨てなくちゃ、この先「楽しく」生きていけないんじゃないかしらん、と自分は思ったりしています。今や、そういう時代じゃない。

また、このマンションのヴィンテージな方々は、このマンションを自分たちで守ってきたというプライドと自負がある。外部のマンション査定士の方に、「いやぁ、ここはちゃんとしてますよ。こんなちゃんと自主管理をしているところは珍しい」って話をされた、という話をするときのヴィンテージな方々の嬉しそうな顔がそれを物語ってる。積み重ねてきた歴史による責任感と誇りがある。でも、イタロ系ファッションの方はその重要性には一生気付くことはないんだろう。 愚かなのはあなただよ。

「このマンションと住人は、とても面倒臭い。だから仕方ないんですよ!」 ……マンションのオバサン方がその方にぶっ放した一言がとても好きです。