yojikとwanda、『フィロカリア』を聴く前夜。

写真(小)

東京と大阪を行き来しながら、ありそうで、でもどこにもないたおやかなポップスを編み続けるyojikとwanda。これまで2枚のアルバムをリリース(これ、めっちゃいい!)してきた彼らのフル・アルバムを当方compare notesから9月4日にリリースさせていただきます。「えー、compare notesってもっとドロドロしたものばっかりじゃないの〜」と思われるかもしれませんが、当方はめっちゃポップです(笑)。いや、そうじゃない。yojikとwandaがドロドロ、はしていないけれど、聴きこめば聴きこむほどズブズブと引き込まれる、沼のような音楽であること。そこを、ぜひにぜひに分かっていただきたいのであります。

アルバム・タイトルは『フィロカリア』。え、どういう意味?

フィロカリア(philokalia)
(1) 「美への愛」の意。アウグスチヌスによれば,真なる美とは知であり,「美への愛」は「知への愛」philosのいわば妹である。
(2) ギリシア正教会、修道士の散文集。ギリシア語表題の意味はこの場合「神の善と美への愛」。
【ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より】

先生っ! 分かりません!

いや、分からなくっても大丈夫。だって、こんなに楽しげな音楽なのだから。

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ただ、楽しげでいいなー、と思ったら大間違い。毒は刺と共にたっぷりと。いやいや、アルバム全体を聞けば、毒と刺ばかりと人は言う、かも、しれませぬ。それがyojikとwandaの通底するグルーヴかと。そしてまずは今回のアルバムに関しては、こちらを読んでいただくとしまして、彼らにより興味を持っていただくために、ひとつの映像をお届けします!

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いいなぁ。とてもいい。これが今から8年前のyojikさん。このシンプル極まりない歌が、某音楽共有サイトで話題を集めたという彼女の“歌い手としての”スタート地点とも言える映像、曲はアイリッシュ・トラッドの「Down by the Sally garden」。自分は高石ともやで聞いたことがあるんですが(ハズカシー!)、コレ、結構日本の人もカバーしてるんですかね。とても懐かしく温かい旋律をクールに我がのものにしているこのカッコ良さよ。エディ・リーダーっぽさもあるけれど、個人的には、ケミカル・ブラザーズの歌声として活動していたころのベス・オートンの歌声を思い出した次第。恐ろしく堂に入ったSSW感だけれど、実はまだ歌い始めて3、4年くらいのころ。まだほぼ人前で歌ったりしていない時期なのに、Epiphoneのアコギを構える角度がとにかく凛々しい。そして…….。

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yojikさんの歌声に光を見出した(それが何かは分からないけれど)wanda青年、彼女と彼らはゆっくりと知り合い、ゆっくりと曲を作り始めてこんな素敵な音楽になった。多分、wanda君の曲は、ずっと誰かに歌われるために待っていたのだろう、と思わせるほど美しく、無駄なく、ひとつに交じり合った音楽。とてもポップな、透明な旋律を持つ音楽。

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yojik、と、wanda。彼ら自体、音楽を共に作ること以外に接点があるわけでもないし、どこのコミュニティに属しているわけでもない。だから、なかなか簡単には多くの人に伝わることはない。でも、だからといって、伝わらないわけでもない。分かる人は分かってくれるし、一度聞いた人は、この特別な音の魔法をもう一度確かめたくなる。そういう音楽。まぁ、本当は、そんなに簡単じゃないんだけれど……でも伝わるときは少しずつ伝わっていく。

そして、2人が共に音楽を奏で始めた時点で、既に彼ららしいポップネスとスタイルが出来上がっていた、ということに驚かされる。耳に入ってくる音を楽しみつつ、自身では歌を歌わずに生きてきたyojikと、ポストロックからボサノヴァから、執拗に「今の音楽」を求め続け自分の音を探し続けていたwanda。まったく異なる環境の異なる出自なのに、自然にひとつになるその不思議。

アルバムを1枚出し、でもその反応がまったく返って来なかったことに少しがっかりしたり、でもそれをイイと言ってくれる人に有り難いと思ったりしながら、それでも自分たちの音を編み込み続ける日々。そして、たまたま共に演奏する場所で彼らをたまたま聴いた、特別な耳を持ってる音楽家たち(そしてそんな耳を持った音楽家は絶対素晴らしい演奏をする)は、なぜか彼らに声をかけたくなるようだ。

「すごく良かったですよ!」「(wanda)あ……どうも有難うございます」「またどこかで一緒にやりたいですね」「(wanda)あ、ぜひぜひ……じゃぁ、今度ウチの曲を一緒に演ってくれません?」「え、あ、はい……」

……みたいな感じで、たまたま「良かった!」と言ってくれる音楽家たちをたらしこみ(おいおい)、気付くととても素晴らしいメンツのバンドが出来上がっていったのです。

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見た目の荒くれっぷりと大きく異なる、繊細極まりないスティール・パンやトランペットを奏でる奇才MC.sirafu、腰の座ったドラムと首の座らない旋律を奏でる頼りになる便りの早い男itoken、揺れと震えを湛えたたおやかなメロディと眼の奥に頑固さ光らせる二胡奏者吉田悠樹、無軌道な音楽家と共に歩を進めながらそれを自身のビートに巻込んでいくベーシスト服部将典。とんでもないメンツが、彼らの周りに、少しずつ集まっていく。

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ここだけの話。
言葉を本職としているyojik、本に囲まれながら仕事をしているwanda、職業柄、というわけではないけれど共に言葉への感受性は鋭い。しかし、まったく異なる性質の言語感覚を持っていると言える。最近は、ほとんどの曲でwandaが、ドリーミーで、かつ暗喩を巧みに活かした歌詞を書いているけれど、yojikが描く世界は恐ろしいまでにクールで現実的だったりする。特に、2ndアルバム『Hey! Sa!』収録の「LOOP」(↑の楽曲です)のたおやかなメロディに座り悪く置かれた言葉に、強い感銘を受けたのは僕だけじゃないと思う。

「ぼくという人はどんなひどいことだってできる
理由はなんでもいい
しなくてすんだのは
誰かがそれを 引き受けているから」(「LOOP」)

比喩も技巧もない、ただただありのままの、ちょっと普段は口に出せない現実の描写。それを伸びやかな歌声で奏でられる違和感。刺なんかではない凶器のような言葉にぐさりと刺されるのだ。それをyojikはさらりと、「自分が歌詞を書くと、全部コレと同じことを書くことになるんです」と語る。なんと、血なまぐさい(笑)。

本当は、この先にwandaのコンポーザーとしての天才性を書いていたのだけれど、なんかちょっと褒めすぎて悔しいので、それはまたいつか。とにかく、yojikとwandaは、愛らしい、だけの音楽なんかじゃない。飴と鞭を兼ね備えた、聴く者の耳の形を確かめさせるような、そんな音楽だと思う。テニスコーツともふちがみとふなとともSAKANAともハンバートハンバートともettともうつくしきひかりとも……全部とも違う男女デュオの特別な個性。「ま、こんな感じかな?」と思ったら大間違いのポップ・ミュージックです。

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これを聴いて、少しでも彼らに興味を持ったら、こちらへ。是非!