yojikとwanda『フィロカリア』予約受付中!

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yojikとwanda『フィロカリア』【CD】  (cn0041)

販売価格(税別)
¥2,000
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※当サイトでご購入のお客様に、wanda特製の4曲入りカセット(DLコード入り)とyojik謹製のヨジワン新聞を同梱させていただきます!

センス、なんて言葉は知らない。
良質な、なんて誤魔化しは聞きたくない。

まっすぐな歌声で真理を突くyojik、美しく耳馴染みのいい旋律をさらりと編みこむwanda、彼女と彼が奏でるポップネスは、時にあまりに真っ当すぎて、春の心地良いそよ風のような後味を残して通り過ぎて行く。でも、yojikとwandaの歌はそんな類いのものでありながら、ちょいと違う、と思う。ちょいとって何だって話だけど、違うものは違う。このちょいとが言葉にするのが難しいから、「センス」だの「良質な」なんて曖昧な言葉で濁すのかもしれない。彼らの歌が「ちょいと違う」最大の理由は、「経験」と「自意識の薄さ」だと思う。そしてそれは、若さや初期衝動で動くにはちょっと歳を取り過ぎた音楽家たちが、この先向き合っていくべき大切な問題だと思う。

もちろん、yojikとwandaの「音楽家としての経験」はそんなに長くない。歌を奏でるハリネズミyojikにいたっては、突如人前で歌うことを始めたのは、この10年くらいのもの。それもひっそりと、自らの生活を大きく変えることなく。彼女の声から「自分探し」的な自意識がまったくもって聞こえてこないのは、そんな彼女の「人としての経験」が成熟したものだから、だと思う。あるときは包み込むような優しさを、そしてあるときは、現実を突きつけるような厳しさをみせる歌、それがyojikの歌。

コンポーザー/ギタリストwandaは、音楽家として「天賦の才を与えられた」部類に入る存在、だと思う。人間としては……どうなのか、それは知らない。でも、この類まれなるメロディメイカーは、美しい旋律と夢のような言葉を魔法のように編みこんでいく。ただ凄いのは、それが「とんでもないこと」ということを聴き手に気づかせないこと。「スゲェだろ、俺」と声高に叫ぶのではなく、気付くと隣に座ってるような自然な立ち居振る舞いで。それがwandaの編み出すポップ・ミュージック。

そんな2人は、決して「彼」と「彼女」なんかじゃない。と、言うより、とあるネット上の「歌ってみた」楽曲をアップするようなサービス内で、顔はもとより、年齢やどこに住んでいるかさえも知らずに出会い、お互いの楽曲自体に感銘を受けてカバー、自然な経緯でコンビを組むことになったのが約10年前。そこからひとつひとつ、楽曲ファイルのやり取りでオリジナルな音を模索し始め、『DREAMLAND』と『Hey! Sa!』2枚のアルバムを完成。コレが素晴らしい。wandaのギターをベースに宅録の可能性を追い求めた『DREAMLAND』、対バンでたまたま知り合った風変わりの音楽家をサポートに招いて作った『Hey! Sa!』。

そして、その両方の魅力をぎゅっと圧縮し、かつ空気の抜けを良くし、聴き手との距離を丁寧に測ったのが、本作『フィロカリア』、だと思う。

喜怒哀楽をぎっしりと詰め込んだ濃密な時間が流れる。軽妙な口笛とスティールパンがグルーヴを編む「ワンルーム・ダンシン」、コーネリアスの初期を彷彿とさせる疾走感の「愛しのアンナ」、二胡の伸びやかな響きと攻撃的に言葉を重ねる「てのつくあそび」等のアッパーな楽曲から、yojikのセンチメンタルな歌声が心を締め付ける「ゆりの花」、ウッドベースのボウ弾きと掛け合いで哀愁のある言葉を伝える「キリエ」、感情を抑えたポップソング「フィロカリア」、最近朝ドラでも耳にすることの多い美しいトラディショナル「The water is wide」と、緻密かつ丁寧に紡がれた楽曲たちに心震わされることだろう。

帯同するのは、東京の音楽シーンをしっかりと固めるイトケンやMC.sirafu、多数の客演で引っ張りだこの服部将典、吉田悠樹といった強者揃い。彼らに臆することなく、その個性を見事にコントロールすることで、この作品は完成した。

「小説のように想像だけで大きな世界を築くことを音楽でできないかなぁ」と語るwandaの世界観と、現実にしっかりと足を据えたyojikの歌声が重なりあう特別な時間。ポップスとは、かくも怖くて、そして楽しい。

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